エゴマのブログ

ミニマルな生活とノマドを目指す或る日の記録

経典はサンスクリット原典を現代語訳で読みたい!

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梅の花

エゴマ@photolibrary

 

河口慧海さんてご存知ですか?

法華経とは我々に縁が深く尊敬する道元禅師も重視し引用も多いといいます 

維摩経は在家の居士が主人公であるから和訳を読んでみたいがどの本から読もうかと探しているそんなところで迷っていました

ということでチベット語?いやいや「サンスクリット原典現代語訳 法華経」植木雅俊訳としようと思っています

というのもかつて読んだ 「チベット旅行記河口慧海著の次の様な文章があります 

(現在は「青空文庫」もしくは楽天KOBOは無料で読む事が出来ます)

 

「最も必要なのは大乗教の仏典である」という言葉ははじめあまり響かなかったのですが今になって記憶の片隅から説得力を持って蘇ってきました

 

漢訳には種々あり真実を求めるには当時の状況によって現存するチベット訳が良いだろうということでそれを日本語に訳し読み易い経文を社会に供給したいと考え当時鎖国状態であったチベットへ行き無事に帰ってきて「チベット旅行記」を書きました 教典は? ともあれ大変面白くページ数の多い本でしたがその先その先はと一気に読み終えました もう一度読んでみようと思います

 

その中に今回大乗経典を読もうと思ったときに手助けをしてくれた文章がありますので長いのですが引用してみます

 

 漢訳の経文は幾つにもなって居るその文の同じかるべきはずのものがあるいは同じのもあればまた違って居るものもあります。

 甚だしきは全くその意味を異にして居るのもあり、また一つの訳本に出て居る分が外の本には出て居らないのもあり順序の顛倒したのも有るというような訳で種々雑多になって居ります。―略―

何れにしてもその原書に依て見なければこの経文のいずれが真実でいずれが偽りであるかは分からない。これは原書を得るに限ると考えたのです。

 引用

 

僧としての命がけの覚悟にも頭が下がります!

 自分さえ寺を持つという考えがあれば非常に便宜な地位を占めて居ったのであります。

それを打ち捨てて死ぬか活きるか分からない国へ行くということはいかにも馬鹿げた話のようですけれども、これは畢竟世間普通の考えで真実事業の為には便宜の地位を犠牲にする位の事は訳のない事であります。―略―

 普通からいうとなにか一事業を起さんとするにはまず金が資本であると、こう決めて外国行にもまず金を調えてから行くとするのである。

しかるにわが本師釈迦牟尼仏は我の教うる戒法を持つ者は、何処に行くとても凍餓の為に死すということはないと命せられた。

よりて我ら仏教僧侶は戒法を持つことが資本である、旅行費である、通行券である。そうして釈尊の教えられた最も謙遜の行すなわち頭陀乞食を行うて行かんには何ぞ旅行費なきを憂えんやというような訳で、これが無銭で大旅行を決心した理由であります。

引用―「チベット旅行記」 河口慧海 青空文庫 

そしてヒマラヤ山道を越えてチベットへ入国したのです

文体もあじが有り慧海さんの個性を感じることができて好きです

 

河口慧海:一八六六(慶応二年)生まれ

大正一〇年 黄檗宗の僧籍を返上(これより釈尊本尊主義の純粋仏教を宣揚せんとす)

      昭和二〇年 脳溢血を起こし死去(防空壕の入り口で転落したのが原因)

 引用―「チベット旅行記河口慧海 旺文社文庫

まとめにかえて!

法華経」サッダルマ・プンダリーカ・スートラ

維摩経」ヴィマラキールティ・ニルデーシャ・スートラ

間もなく読みはじめますよ

 

仏道に興味があるのに読んだ事のある教経典は短めの「般若心経」と

ブッダのことば スッタ・ニパータ」中村元訳 岩波文庫くらい

実は面白いのにお経のように難解でまさか読経しようとは思いませんでした

サンスクリット原典を現代語訳で読める喜びを分かち合えたらと思います

 

開経偈(かいきょうげ)

無上甚深微妙法(むじょうじんじんみみょうほう)

百千万劫遭遇難 (ひゃくせんまんごうなんそうぐう)

我今見聞得受持 (がこんけんもんとくじゅじ)

願解如来真実義(がんげにょらいしんじつぎ)

 

ありがとうございました

 

法華経 サンスクリット原典現代語訳